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浦和地方裁判所 昭和59年(ワ)867号 判決 1989年8月30日

主文

一  被告らは原告に対し、各自金一四二万一二五〇円及びこれに対する昭和五八年四月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は被告らの負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告らは原告に対し、各自金一五二万五〇〇〇円及びこれに対する昭和五八年四月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行の宣言

二  被告ら

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和五七年六月八日、被告北越自動車販売株式会社(以下「被告北越」という。)から中古のニッサン・フェアレディZ(以下「本件自動車」という。)を購入し、その際、被告北越は、原告の注文により、本件自動車にマーシャル製のハロゲン五五ワットのフォグランプ(以下「本件ランプ」という。)二個を取り付けた。

2  原告は、昭和五八年四月一一日午前〇時二〇分ころ、本件自動車を運転して、群馬県太田市烏山の県道を走行していたところ、アクセルリンケージ付近から出火し、本件自動車(時価一二八万円)及び当時積載していた別紙動産目録記載の動産(時価合計二四万五〇〇〇円)が全焼し(以下「本件火災」という。)、右時価相当額の損害を被った。

3  本件火災は、被告北越の次のような債務不履行または不法行為により発生したものである。

(一) 被告北越は、本件ランプの配線をするに当たり、配線の被覆が剥げ易いアクセルリンケージのグロメット(ラバーブーツ)とダッシュパネル(金属製)との間に配線をすることを避けるべき注意義務があった。

すなわち、アクセルリンケージは、アクセルペダルを踏んだり離したりする度に動き、これに伴って蛇腹のようになっているラバーブーツが伸び縮みを繰り返し、このため、ラバーブーツとダッシュパネルとの間に断続的に力が加わるので、右部分に電線を通すと、これがダッシュパネルの鉄板孔に断続的に押し付けられ、次第に電線の被覆が破れ、中の銅線が剥き出しになり、電線とダッシュパネルとがショートするようになるのである。

しかるに、被告北越は、アクセルリンケージのグロメットとダッシュパネルとの間を通して本件ランプの配線をしたため、右のような経過によりフォグランプ配線とダッシュパネルとのショートが生じ、本件火災に至ったのである。

(二) また、被告北越は、ヒューズを経由して本件ランプの配線をなすべきであった。

しかるに、被告北越は、ライティグ回路のヒューズの入力側に本件ライトの配線を接続し、ヒューズを経由せずに本件ランプの配線をしたため、前記(一)のように、フォグランプ配線とダッシュパネルとのショートが発生したときに、電源が切れず、このためショートが継続し、本件火災が発生したのである。

(三) さらに、被告北越は、本件ランプのスイッチをクラッチ操作時に左足膝が当たらない位置に設置し、かつ、運転者が知らない間に点灯状態になり易いタンブラースイッチを設置すべきではなかった。

しかるに、被告北越は、本件ランプのスイッチをクラッチ操作時に左足膝が当たり易い箇所に、しかも、運転者が知らない間に本件ランプが点灯状態になり易いタンブラースイッチ(上げるとオン、下げるとオフ)を設置した。

そのため、本件火災発生時には、本件ランプを点灯する必要がなかったにもかかわらず、原告の知らない間に本件ランプのスイッチが点灯状態になり、通電したため、前記(一)のようなショートが生じ、本件火災が発生したものである。

4  本件火災は、被告埼玉日産自動車株式会社(以下「被告日産」という。)の次のような債務不履行または不法行為により発生したものである。

被告日産は、次のとおり、原告から四回にわたり本件自動車の点検、修理の作業を請け負ったものであるが、右請負契約の中には、本件自動車の走行にとって危険な箇所を発見し、修理する義務を含まれていた。

そして、被告日産は、右点検、修理の際、前記3のような本件ランプの配線上の誤りを容易に発見することができたにもかかわらず、不注意によりこれを看過したため、本件火災に至ったものである。

(一) 昭和五七年一〇月一日 法定六か月点検

(二) 日時不詳 アクセルペダル上の水漏れ、溶接

(三) 昭和五七年一二月二四日-同月二八日 リヤワイパーのモーター交換

(四) 昭和五八年四月五日-同月九日 右フロントフェンダー交換 右ドア、右フロントピラー板金塗装

5  よって、原告は被告ら各自に対し、いずれも債務不履行又は不法行為による損害賠償請求権に基づき金一五二万五〇〇〇円及びこれに対する損害発生の翌日である昭和五八年四月一二日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する被告北越の答弁

1  請求原因1は認める。

2  同2は不知。

3  同3は否認する。

被告北越は、アクセルリンケージ孔に本件ランプの配線をしたことはなく、また、ヒューズを経由して本件ランプの配線をした。

本件ランプのスイッチはクラッチの操作時に左足膝が当たらないようダッシュボードの上方に設置した。

三  請求原因に対する被告日産の認否

1  請求原因1のうち、原告が被告北越から本件自動車を購入し、その際、被告北越が原告の注文により、本件自動車に本件ランプ二個を取り付けたことは認めるが、その余は不知。

2  同2のうち、本件自動車が火災を起こし、アクセルリンケージの貫通孔付近にショート痕があったことは認めるが、その余は不知。

3  同3のうち、本件ランプの配線がアクセルリンケージのグロメットとダッシュパネルとの間を経由して配線されていたこと及びヒューズを経由していなかったこと並びに被告北越が右配線を行ったことは認めるが、その余は不知。

4  同4のうち、(一)ないし(四)の点検、修理をしたことは認めるが、その余は否認する。

法定六か月点検は、点検箇所二六、点検事項四四に及ぶが、その重点は、各装置の作用、機能の点検に置かれている。

右法定点検における電気配線の点検内容は、「接続部の緩み及び損傷」であるが、右項目は、作業実施要領に示されているように、ワイヤーハーネス(電線を束ねてセットした部分)の損傷及びクランプ(ワイヤーハーネスを車体に固定する留金)の緩み、ターミナルブロック(ソケット)の接続部の緩み及び腐食の有無の点検を意味し、要約すれば、エンジンルーム内の視認可能な電気配線部の緩み及び損傷の点検である。

ヒューズ管は留金に固定されており、その構造上、これに緩みあるいは損傷などが生じることはあり得ない。

したがって、ヒューズボックスの点検は、電気を使用する装置の作用点検において異常が認められない限り不要である。

アクセルリンケージのグロメットとダッシュパネルとの間の配線具合は法定六か月点検の対象ではない。

第三  証拠関係<省略>

理由

一  本件自動車の火災及びその原因

1  本件自動車が火災を起こしたことは原告と被告日産との間において争いがなく、<証拠>によれば、原告が昭和五八年四月一一日午前〇時二〇分ころ本件自動車を運転して、群馬県太田市烏山の県道を走行していたところ、アクセルリンケージの貫通孔付近から火災が発生し、本件自動車の室内がほぼ全焼したことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

2  <証拠>によれば、本件火災の原因は、<1>本件ランプの配線のうち、運転席からエンジンルームに通じる部分がアクセルリンケージのグロメットとダッシュパネルとの間を通して配線されていたため、アクセルペダルを踏む度に右配線部分の電線が擦られ、次第に電線の被覆が破れ、中の銅線が剥き出しとなり、これとダッシュパネル(金属製)とがショートしたこと、及び<2>本件ランプの配線はヒューズの入力側に直接接続され、ヒューズを経由していなかったため、右ショートが発生したときに、電源が切断されずにショートが継続したためであることが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

二  被告北越の責任

1  原告が昭和五七年六月八日被告北越から本件自動車を購入し、その際、被告北越が原告の注文により、本件自動車に本件ランプ二個を取り付けたことは当事者間に争いがない。

そして、前記一2の認定事実によれば、本件ランプの配線は、ヒューズを経由せず、かつアクセルリンケージのグロメットとダッシュパネルとの間を通っていたことが認められるところ、<証拠>によれば、原告は本件自動車を購入後本件ランプの配線関係に手を加えたことがないことが認められるので、これらの事実に照らすと、本件ランプの右のような配線は、原告が被告北越に本件ランプの取付けを注文した際、同被告が行ったものと認められる。

<証拠>は、被告北越が右のような誤った配線をするはずがないとか、本件ランプの配線がヒューズを経由していなかった原因は、被告日産が本件自動車の右側フロントピラーの板金をした際(被告日産が昭和五八年四月五日から同月九日の間に右部分の板金塗装をしたことは原告と被告日産との間で争いがない。)、ヒューズボックスを取りはずし、その際、誤ってヒューズを経由しないようにしてしまったかのように証言するが、右証言部分は、<証拠>に照らして採用することができず、他に前記認定を左右するに足りる証拠はない。

2  ところで、<証拠>によれば、自動車の電気関係の配線は必ずヒューズを経由すべきであり、これを怠ると電気がショートした場合に電流が止まらず、ショートが継続し、火災発生の危険があること及びアクセルリンケージとダッシュパネルの金属板との間に電気の配線を行うと、アクセルペダルを踏む度にアクセルリンケージが作動して、電線の被覆を擦るため、次第に銅線が剥き出しの状態になり、これとダッシュパネルとがショートするようになること、したがって、アクセルリンケージのグロメットとダッシュパネルとの間に電気の配線をすることは通常あり得ないことであり、このようなことは絶対に避けるべきであることが認められる。

3  以上によれば、被告北越は、本件自動車に本件ランプを取り付けるに当たり、ヒューズを経由して配線し、アクセルリンケージのグロメットとダッシュパネルとの間に配線することを避けるべき注意義務があったにもかかわらず、これを無視し、ヒューズを経由せず、また、アクセルリンケージのグロメットとダッシュパネルとの間を通して本件ランプの配線をしたことが認められる。

したがって、被告北越の行った本件ランプの取付けは債務の本旨に従ったものということはできず、同被告は、債務不履行により本件火災による損害を賠償すべきである。

三  被告日産の責任

1  原告が被告北越から本件自動車を購入し、その際、被告北越が原告の注文により、本件自動車に本件ランプ二個を取り付けたこと、本件ランプの配線がヒューズを経由せず、またアクセルリンケージのグロメットとダッシュパネルとの間を経由して配線されていたこと、被告日産が原告主張の各点検、修理をしたことはいずれも当事者間に争いがない。

2  原告は、被告日産は原告から本件自動車につき法定六か月点検の依頼を受けた際、本件ランプの配線上の誤りを発見し、これを修理すべきであったにもかかわらず、不注意によりこれを看過したと主張するので、この点につき検討する。

<証拠>によれば、原告が被告日産に右点検を依頼した当時、右点検の対象として、エンジンルーム(バッテリーターミナルを含む。)、室内、トランクルーム、下回(トランスミッションスイッチなど)の電気配線の点検が含まれ、各ハーネス(電線を束ねてセットしたもの)のクランプ(ハーネスを車体に固定する留金)の状態(緩み)、コネクターの緩み、損傷などにつき目視、触手により点検すべきこととされていたことが認められる。

そこで、アクセルリンケージのグロメットとダッシュパネルとの間に本件ランプの配線がなされていたことが右点検の対象として含まれるか否かについて検討するに、前記二2の認定事実並びに<証拠>によれば、アクセルリンケージのグロメットとダッシュパネルの金属板との間に電気の配線を行うと、アクセルペダルを踏む度にアクセルリンケージが作動して、電線の被覆を擦るため、次第に銅線が剥き出しの状態になり、これとダッシュパネルとがショートする危険性があり、このことはいやしくも自動車整備の技術者である以上容易に予測し得る事柄であること、したがって、自動車整備の専門家はアクセルリンケージのグロメットとダッシュパネルとの間に電気の配線をするようなことはしないこと、法定六か月点検においては、点検当時に支障のない部分であっても、六か月以内に磨耗して危険を生じるおそれのあるものは事前に交換したり、修理していること、電気配線のショートによる故障はしばしば生じるものであること、本件ランプの配線がアクセルリンケージとダッシュパネルの間を通してなされていることは、エンジンルームから目視することができることなどが認められ、<証拠>中、右認定に反する部分は採用することができず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

右事実によれば、アクセルリンケージのグロメットとダッシュパネルとの間に本件ランプの配線が施されていたことは異常なことであり、自動車の整備業者(被告日産は、本件自動車メーカーの系列会社であり、本件自動車の構造については通暁していたものと認められる。)が忠実に電気配線の点検を行えば容易にこれを発見し得たものであること、また、このような配線がショートの原因となることは容易に予測することができたものであることが認められ、右事実にかんがみると、右のような異常な配線は、法定六か月点検の対象とされていた「電気配線の接続部の緩みや損傷」に準じたものというべきであり、当然、点検、修理の対象とすべきものであったと認めるのが相当である。

<証拠>は、右のような異常な配線であっても、ショートしたときにはヒューズが切れて安全が守られるので、点検、修理の対象にはならないと証言するが、そもそも、ヒューズの切断という故障が生じる前にそれを予防すべき点検を行う必要があり、そうでなければ、電気配線の接続部の緩みや損傷を事前点検の対象とした法定六か月点検の趣旨が没却されることになりかねない。

3  以上によれば、被告日産は、本件自動車の法定六か月点検において本件ランプの配線上の誤りを発見し、これを修理するべきであったにもかかわらず、不注意によりこれを怠ったのであるから、被告日産の行った本件自動車の点検は債務の本旨に従ったものということはできない。

そして、本件火災は右点検後六か月と一一日後に生じたものであるが、両者の間に因果関係のあることを否定することはできないので、被告日産は、債務不履行により本件火災による損害を賠償すべきである。

四  損害額

<証拠>によれば、本件自動車の本件火災当時における市価は一二八万円であったこと、原告は、本件火災により別紙動産目録記載の動産を焼失したこと、各動産の取得価格は別紙動産目録記載のとおりで合計二四万五〇〇〇円であること、右金額のうち三万七五〇〇円は現金であり、その余は原告において既に使用中の中古品であったこと、本件火災発生時までにガソリン八〇リットル(一万一〇〇〇円)のうち、三〇キロメートル走行分は消費済みであったことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右事実によれば、原告が本件火災により被った損害額は、本件自動車価格一二八万円、現金三万七五〇〇円、その他の動産類合計一〇万三七五〇円(主張額の半額)合計一四二万一二五〇円であると認めるのが相当である。

五  結語

以上により、原告の本件請求は、被告ら各自に対し、一四二万一二五〇円及びこれに対する損害発生の翌日である昭和五八年四月一二日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、その余は理由がない。

よって、原告の本件請求を右理由のある限度で認容し、その余を棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条、仮執行の宣言について同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 高橋 正 裁判官 鈴木航兒 裁判官 合田智子)

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